第17回研究会

2016年5月28日(土)開催

 会場:駒澤大学 中央講堂

教育講演

「アディクション治療における集団と個」

 講師:成瀬暢也(埼玉県立精神医療センター)

 司会:中村伸一(中村心理療法研究室)

 

特別講演

「日米における治療共同体の集団の違い」

 講師:中久喜雅文(聖マリアンナ医科大学

                 ・東京サイコセラピーセンター)

 司会:森山敏文(広尾心理臨床相談室)

シンポジウム

テーマ 「日本文化における集団と個」

 指定討論:西園昌久(心理社会的精神医学研究所)

 司  会:佐藤  豊(防衛医科大学校)

 司  会:大山みち子(武蔵野大学・広尾心理臨床相談室)

「禅の立場から」

 シンポジスト:西田正法(明林寺)

「精神医学の立場から」

 シンポジスト:鈴木 龍(鈴木龍クリニック)

「民俗学の立場から」『菊と刀』を再考する

 シンポジスト:松尾恒一(国立歴史民俗博物館

                    ・総合研究大学院大学) 

 集団と個である。日本文化の中では、「個」という存在に先んじて、おおよそ、「集団」というものに重きを置く傾向があるようだ。そして、我々の意識というものが、「個」の中へとエネルギーを向け、求心していこうとするとき、「自己」が認識され形成されていくが、同時に他者としての「集団」という存在を意識し、対象化しはじめることによって、いわゆる「自己」に対して「他己」が認識され形成されるのだろう。

 集団というものが構造やシステムを持ち、単なる無関係で素朴な集合体から、意味のある集団へと「社会化」していくとき、個と個の間を連絡する直線的な「関係性」というものが、その前提として考えられるだろう。「関係性」というのは、個と個の相互作用として現れるが、そこには個のはたらきが現前している。各々の個のはたらきによって、関係の全体性が生まれると言ってよい。これらは、ひとつひとつ見ていけば、非意図的で偶発的な関係であったり、予め意図された関係であったりと、様々である。日本という自然的な規定性の影響下では、日本文化という全体・社会は即ち個のはたらきの現れであり、個のはたらきそのものであるといえる。同時に、個のはたらきのダイナミックな集合体である。

 両者を解析するならば、このようではあるが、翻って直観的な体験の世界から見るならば、どうであろう。個のときは個ばかり、集団のときは集団ばかりとして現前する。個のときは集団は隠れ、集団を見るときには、そこに個はない。両者に関連はないわけではないが、これが集団と個を把握する際の一例であろう。

もうひとつ。個のはたらきは、身体・肉体という有限性によって、大いに制約を受けるだろう。つまり、身体・肉体のはたらきは、即ち全体としての個のはたらきを左右すると言える。このような個の限界を自己認識することは、集団の決めごと、決まりごとやルールと相俟って、「適応」の形や様式を形作ることにつながる。

 今回は、「集団と個」について、民俗学、精神医学、宗教学といったもろもろの視座から解析・分析を行うことになる。教育講演、特別講演を通じては、日米の治療共同体の違い、昨今何かと話題になっているアディクションの治療について言及する。

「東洋思想と心理療法」研究会
​Association for Oriental Philosophy and Psychotherapy(AOPP)
since1999